青森市出身・在住
アオモリガールズムービーでは、上映会全体の演出、アオモリガールズのロゴ、フライヤー、スタッフTシャツ、等のデザインの他になんと!司会も勤めちゃいます!!
現在、青森中央文化専門学校にて、洋服づくりとファッションビジネスを学ぶ傍ら、趣味でヒップホップダンスを踊る、青森のエネルギッシュな10代。
2010年2月28日に、弘前市で行われた「CENTRAL祭」出演の為、相方の成田さんとダンス練習の真っ最中でした。
「ダンスを始めたのは、中学1年の頃から。
理由は足が細くなりたかったから(笑)」
青森市のLIVE HOUSE SUNSHINEで行われたイベント「季節が変わる夜 新しい芽生え」でも彼女は踊った。踊りの最後にみせた小悪魔的な微笑みが私の脳裏に焼きついていたので思いきって聞いてみた。
「あの微笑みは、すべて計算づくです。」
・・・・、おそるべし。
しかし、彼女は当日二人でやるはずが相方の寝坊が原因で1人で踊り、緊張のあまり振りをすべて忘れてしまったという噂もある。にしても、平然と計算づくという彼女に、大器を感じるのである。
「最初は服飾を学びたいとは、思っていなかった。当時は、劇団・四季に入って舞台美術がやりたかった。親に青森にいろ、保育士か栄養士になれと言われていた。」
しかし!豊川さんが、今の学校に進んだ大きな理由は・・・
入学金が半分だった!
何故半分だったのか?
豊川さんが青森県立青森戸山高等学校在学時代、ファッション甲子園に応募していたことが関係している。
高校2年の時に初めて、応募したが、橋にも棒にもかからず、落選。頭にきて、翌年に絶対リベンジをしてやると誓ったのだそう。
当時、ファッション甲子園で主流だったのは、環境問題などを取り扱ったものが多かった。でも、それを高校生が言うのは嘘くさいし、そんなファッションはうざいと思っていた。何も思い浮かばなかったが、絶対応募する事だけは決めていた。そんなある日、部屋にクモがいることを見つける。
クモの糸を引っ張って、ぐるぐると手に巻き始めたら、なんだかおもしろくなってきた。これだ!!
このクモ女は豊川さん本人。当時のファッション甲子園は3人、1チームでの応募だった。
「モデルも絶対わたし!ダンス教室で、ウォーキングもやってるし誰にもゆずれない!」
この瞬間に、長年やってきたダンスと服飾が結びついたのである。
時流に流されないその強い姿勢と、ダンス教室で培ったウォーキングの自信は、審査の心をつかみ、見事審査員特別賞を受賞。
「現在、イラストとファションとダンスをやっていますが、どれが欠けても具合が悪くて、この3つを平行してやる事が一番バランスがよいです。次はどんなことをやってやろうかと構想を立てている時が一番楽しい。」
「最後に、いま、私が言いたいのは・・・」
~青森で、できない事は何もない ~